新陰流流祖上泉伊勢守信綱は永正五年(1508)上州にて誕生。

      2021/07/25

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信綱が柳生宗厳を追いこんだ技は、新陰流にいう23P
合撃(がっし)であった。

相手に技を打ちださせ、その動きを見きわめたのち
わずかに遅れて技を出し、相手を打つ。

信綱は一足一刀の間合いに入るまえに、宗厳が打ちこまねば24P
ならなくなるようにしむけた。

新陰流で活人剣と呼ばれた。
敵に得意の攻撃の技を存分に出させ、その技の裏をとって

勝つため、思いがけない敗北を喫することがない。
それらの新陰流の神髄を柳生に伝授した。

第一に「間積り」第二に「敵の斬ってくる拍子」第三は25P
「敵の太刀筋」

「懸待表裏は一隅を守らない。敵に随って転変する」28P
姿勢、表情、太刀さばき、斬りかけ、突く気配などで敵を

誘えば、敵はかならず太刀を斬りだしてくる。
その技の裏をとって勝つのみである。

「戦国業師列伝」津本陽著実業之日本社引用

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