オーギュスタンベルクと篠田桃紅「きざし」白紙も模様。

      2021/05/13

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ヨーロッパで「白紙」といえば「タブララサ」。
これはラテン語でもともと「磨いた蝋板」であり、ひとは生まれたときには

何も書いていない白紙のように、何もしらないという比喩である。
これを言ったのはプラトン。

ヨーロッパでは白紙や真空を嫌う。
そこが「絶対の無」であるから。

しかしインドから東は違う。
「無」は古代から面目躍如している。

「無」には面影がある。
無はなんらかの存在である。

インドにはナーガールジュナの「空」の理論がある。
空じるとは否定するだけではなく、その先へいくことで

ヨーロッパのロジックとはかなり違っている。
空じることは、ちょうどほどよい「中」が残ること。

「ウツ」とは空や虚であり、「ウツロイ」というものである。
「夢うつつ」のウツツは現実の「現」である。

アーネストフェノロサは来日したとき25歳を過ぎたばかりで
ハーバード大学でスペンサーの社会進化論とヘーゲル哲学を学んだ。

美術の専門家ではないが、日本に来て岡倉天心と明治17年に京都と奈良の
古社寺の調査旅行に出かけた。

当初フェノロサは西洋文化の優秀性を誇っていたが、あるときから
日本美術にすぐれた価値を感じた。

明治17年に法隆寺夢殿の千年の秘仏夢殿観音お姿を拝する。
フェノロサと天心は東京美術学校創設の準備をして、狩野芳崖を迎える。

芳崖はその晩年に5年の歳月をかけて「悲母観音」を描いた。
芳崖が亡くなったのは1888年11月5日である。

アートにひそむ負の想像力「侘び、数寄、余白」松岡正剛著春秋社参照

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