「剣禅一如」の哲理は現代人にとり人生を生抜くヒントになる。

      2021/01/16

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剣は上泉伊勢守から山岡鉄舟、禅は道元から一休そして良寛まで
この人たちの思想はまさに哲学にちかい。

「首をめぐらせば 七十有余年 人間の是非 看破に飽きたり
往来の跡幽(かすか)なり 深夜の雪 一柱の線香 古窓の下」

七十四歳で亡くなった良寛さんは、この詩を七十二歳で詠んだ。
宮本武蔵が「五輪書」を書いたのは六十歳のときである。

佐々木小次郎と巌流島で決闘したのが二十九歳の時。
武蔵が見極めたように、自分の才能、素質を理解することは「人が

一生で何をしてどのように生きるか」ということを考えるとき
大変大事なことである。

アルベールカミュは1957年、43歳で「異邦人」によりノーベル文学賞
を受賞した。

「異邦人」はムルソーという主人公の悩み多き人生の難しさを書いたものだが
「不条理を認識して、なお立ち向かうことが人間の尊厳だと」主張した。

自由で社会の常識や規範にとらわれない、本来の自己を生きる人間を
禅では「無位の真人(臨済宗)」といいます。

新陰流の達人に針ヶ谷夕雲という人がいました。
その彼が剣理として到達したのが、「相打ちをもって、至福の幸いをなす」であった。

これは不思議な発想だが、一歩突抜けた境地であり、それまでにない考えである。
相打ちは、生死一路の見地であり、剣の境地である。

「婆子焼庵」という公案が「五灯会見」という禅籍にあり、「一休狂雲集の世界」に
よると、この公案が「本当に自分のものになれば、禅は卒業したといえるくらいで

逆にいうと、この問題は決して卒業できず、禅の修行は一生続くと考えられる」
というものです。

禅宗にかぎらず、私たちの心身をわずらわし悩ます一切の煩悩を断つ心境を悟りと
しますが、特に男女の愛欲の問題は難問である。

一休宗純はこの公案に答えた。
「老婆心 賊のために梯を過して 清浄の沙門に女妻を与ふ。

今夜 美人もし我れを約せば 枯楊春老いて さらにひこばえを生ぜん」
「狂雲集」

「剣と禅のこころ」佐江衆一著 新潮社参照

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