国家、言語、遺伝、文化による人間に対する優劣は存在しない。

      2021/01/13

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立派な教育を受けた人であっても、人種(race)差があることと人種に
上下があるということの違いが解らないでいることは珍しくない。

「人種とは、遺伝する形質に基づく分類法の一種である」遺伝現象
そのもの、そして遺伝によって伝わった形質である。

言語と人種は分けて議論すべきものであるのに、しばしば混同される。
1880年、アーリア語研究の泰斗であったマックスミューラーは人種と

言語を混同することの誤りを指摘している。
「アーリアという言葉は血や骨や髪や頭蓋骨のことではない。人体

解剖学は一切関係ない。アーリア人種、アーリア瞳色、アーリア毛質
などの言葉を弄する民族学者くずれは、細長頭辞書で幅広頭文法の研究

をしていると宣言しているかのように奇妙である」
ナチスドイツは「アーリア」という単語で単一民族とやらを主張した。

文化とは、学習された行動の全体を指す社会科学の用語である。
子供が大人を手本にして一から学び取っていくものだけを文化という。

人間には人種として備わった遺伝的性質が果たしてあるだろうか。
日本は国として最初の記録から1000年以上にわたって、侵略のための

出兵はたった一度あるのみであった。
ヨーロッパではとても考えられないことである。

1598年にあった侵略の後には、非侵略主義は厳重に守られたが、1853年に
鎖国政策が解かれると、100年に満たない間に五回も海外出兵を行った。

気の遠くなるような長い時間をかけて、文明は少しずつ築かれていく。
日本のかっての社会機構は、その固定性と安定性の点でヨーロッパの

封建制と同等であった。
日本人が生れつきに移り気で優柔不断であると見られるのは、十九世紀末に

ドラスティックに転回しつつあった社会になんとか適応しようとする人々の
一瞬の姿を見たからであろう。

「レイシズム」ルースベネディクト著 講談社学術文庫参照

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