九鬼周造「いきの構造」は「艶」と「あきらめ」が併存する。

      2020/08/01

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恋しい気持ちと、あきらめが同時に自分の中に存在する。
ここに「わび」がある。

相矛盾している。
与謝野晶子はそれを「ふたなさけ」という。

一葉は「厭う恋」という言葉で表現した。
嫌だという思いは一番深い恋である。

叶わぬ恋は大事である。
忍ぶ恋、色に出る恋、苦界の恋いずれも九鬼周造の世界。

常磐津や清元の世界には、零落が美しいという美意識が
奏でられていた。

「おもかげの国うつろいの国」そこに野口雨情がいた。
雨情は若いころ内村鑑三に心酔していた。

「悲しいものとしての存在」をこそ感じるべきだと書いて
いる。

大正七年鈴木三重吉により「赤い鳥」という童謡雑誌が
創刊され、世界でもめずらしい童謡運動が始まる。

雨情も西條八十、北原白秋、三木露風らとともにこの
ムーブメントにかかわった。

そして「七つの子」「青い目の人形」「赤い靴」「あの町この町」
という負を感じる歌詞を書いた。

「ほんとうの日本人をつくるには、日本の国の土の匂ひに立脚した
郷土童謡の力によらねばならない」パトリオティズム郷土愛だ。

井上有一という書家がいた。
1976年8月31日、神奈川県寒川町立旭小学校校長を退職した。

1919年明治末の生れで57歳で学校を辞めたことになる。
戦後、長谷川三郎や久松真一に共鳴した。

サンパウロ・ビエンナーレに出品した作品は「愚徹」である。
棟方志功は1956年ベネツィアビエンナーレで大賞をとった。

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