室町期から桃山期にかけて日本の表現コンセプトは「侘と黄金」

      2020/07/31

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尾形光琳の「かきつばた」のバックは金箔ではなくて
「刈安」を使って黄金に見せていた。

対しヨーロッパの中世やルネサンスの黄金テンペラ画は
べったりとした背景である。

阿弥陀堂の如意輪観音は動的である。
唐招提寺の十一面観音立像も動きがある。

侘びの世界では日本では「侘茶」である。
裏千家の茶室は「待庵」「今日庵」「又隠(ゆういん)」「澱看席」。

侘茶の奥にあるものを「あはれ」と「やつし」のあいだに見る。
「やつし」は関西では良く使い、ちょっとずれること。

「わび」には、そのもともとに「恋」というものがある。
恋する心が存在しないと、「わび」にいたらない。

山本定朝「葉隠」に「忍ぶ恋」がでてくる。
茶道の数寄の感覚につながるものがある。

むかし真行寺君枝をモデルにした資生堂の「ゆれるまなざし」
は十文字美信さんが「侘び」を撮った。

岡倉天心は芸術や文化というものは、「あるところ」までいけば
あとは想像力で補うのが日本の方法だと考えた。

「あるところ」とは「ちょっと」のところである。
「一寸」である。

お茶の文化は「しつらい・ふるまい・もてなし」である。
「ある」という現在から過去にさかのぼっていくと、どこかで

「なる」ということが起きる。
志野や黄瀬戸は中国や高麗の白磁や青磁にあこがれてできたもの。

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