山への畏怖の文学は中島敦「山月記」川端康成「山の音」だ。

      2020/05/30

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日本のめぼしい山には、たいてい「山の神」が存在する。
柳田国男は山神信仰を調査して「山の神とヲコゼ」にとりあげ

日本人は山に祖霊を求めていると考えた。
ネリーナウマンは祖霊化がおこる前から山には狩猟部族の女王

のような神格があったとして、母体としての山の可能性を示唆
した。

日本人の山に対するイメージが多様であったことは、言葉現れる。
山の錦は「紅葉」山立は山賊のこと、山の客は遊郭用語で「僧侶」だ。

ダシを「山車」と書くのは、祇園祭などで「山」といえば鉾と別に
担がれたり曳かれて出てくる祭り工作物である。

須弥山宇宙観はインドで発生した。
インド大陸は流れてきたものです。

アルフレッド・ウェゲナーが大陸移動説という仮説をたてたが
インド大陸はもともと南極あたりにあったものが、アジア大陸に

ぶつかって、その衝撃で生れた地球の皺がヒマラヤ山脈である。
ヒマラヤという言葉は、「ヒンマ・アラーヤ」からきている。

「ヒンマ」は雪のこと、「アラーヤ」は蔵という意味です。
これらはサンスクリット語であり、ヒマラヤは雪を抱えたものなのです。

大陸移動説やプレートテクトニクス理論によると、日本列島もパシフィカ
という旧大陸がちぎれてアジア大陸にぶつかりながらできた列島です。

パシフィカは太平洋の原型をつくった小さな大陸で、もっと巨大なゴンドワナ
大陸の一部にあたります。

山のイメージは畏怖の気持ちや敬虔な面持ちによってできあがっている。
「山と里との交流」が、日本の古代中世の基本的交流のイメージを作る。

注連縄や宝来にさまざまな山のシンボルを飾るのも、そこから来ている。
山の松や竹などの草木をスピリットの寄りくるシンボルとする考え方を

「依代(よりしろ)」と言う。
依代はいろいろな物で代用され、サカキや椿の木は神の依代です。

日本には「山中他界」という観念があった。
野辺送りが行われ、京都では東山の鳥辺野が死者の魂がすだく場所であった。

山中他界の観念は仏教思想と混交し、浄土思想をはぐくみます。
なかでも西方阿弥陀浄土すなわち極楽浄土が普及した。

そこに末法思想が流行し、宇治の平等院の阿弥陀堂や観音堂がつくられます。
これが「欣求浄土」の思想です。

西方は極楽浄土だが、東方にも浄土があった。
これは薬師如来がつかさどる瑠璃光浄土というもので、略して「浄瑠璃」である。

のちの歌舞伎の原型になった人形浄瑠璃は東方薬師浄土に奏でられる音楽です。
仏教では北方には弥勒菩薩あるいは毘沙門天の、南方には釈迦如来の浄土があった。

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