角栄は1972年7月首相に1974年12月9日総辞職93年死去。

      2020/05/23

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政治家は選挙民の代理人であるのかそれとも代表者で
あるのかという問題は、ここ200年間にわたる論点で

ありながら、いまなお決着をみていないようである。
政治家が代理人にすぎぬのであれば、議会が下意上達の

ための便宜的機関にとどまるのであれば、ことは簡単で
ある。

この場合政治の現実はおしなべて承認されねばならない。
政治の功罪にかんする原因も責任もすべて選挙民に帰する。

政治家の罪責が選挙の「禊ぎ」により洗い清められるという説は
あきらかに、この政治家=代理人の考え方にもとづいている。

この考え方が戦後の民主主義をつらぬくものである。
民主主義とは民衆に主権があるわけで、政治家なんぞは代理人に

すぎないという見方が出てきて当然である。
代理人には折にふれ、軽蔑や揶揄がよせられるのが世の習わしである。

民主主義が機能していなければ、政治家を軽蔑するのは権力に対する
抵抗の表れでありうる。

それが機能している場合は、権力者の民衆が自らの代理人を叱咤している
ことになる。

日本の場合、選挙民が暗愚である傾向がある。
政治家=代理人の説に立つ以上は、代理人を次々と取り替えて、最後に

「有能な代理人はいない」と嘆くか、「自ら選んだ代理人に文句は言わない」
と悟るとか、結局は政治というものは貧血症を認めるしかない。

日本の政治がユーモアセンスのあふれた、軽快な足取りで重量にみちた
価値に接近するのはいつのことになるのやら。

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