クオリティ・オブ・ライフ「生活の質」という言葉がある。

      2020/05/20

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クオリティ・オブ・ライフを色のイメージとして表現すると
アメリカの学者によれば「緑色」になるそうだ。

緑の自然によって左右される考えから来るのであろう。
しかし言語で生きる人間の生活は、言葉に対する感覚の相異

によってその質が類別されるのだろう。
言葉は真偽、善悪、美醜そのたいっさいの概念に関与する。

あらゆる色をまぜあわせると灰色になるのであれば、生活の
質を重んじる人はむしろ灰色グループに属する。

時代によって、言葉にたいする感覚は偏りが生じる。
それによって時代の色彩というものがでてくる。

少なくとも現代の日本を見わたすと、目立っているのは言葉
にたいする革新的感覚の退潮である。

今、新自由主義という言葉が氾濫している。
革新的感覚の持ち主であれば、この言葉の存在に辟易するだろう。

「新」と「主義」の二語によって飾られた言葉は断じて歓喜語では
ありえない。

それを残念語、軽蔑語さらには非難語とみなすのが革新的感覚という
ものであるはずだ。

革新的感覚を失った体制は、進化を忘れた生き物である。
神が死に、ダーウィンの進化論が否定される世界は退化を始めた世界だ。

カウンターカルチャーやサブカルチャーが商業化されるように新自由主義
は歯向かうものを刺激剤として吸収する。

ビジネス文明が斬新的改革の路線を守るのは、人間性への疑念という根拠
があってのことである。

疑念がますと虚無主義を生みだす。
人間が道具になってしまうのは、これによる。

保守主義における「伝統」とはいかなるものか、ということである。
保守主義はアナクロで、ユートピア的である以外にありようがない。

 - 禅・哲学