文学とは言語表現による芸術作品のことである。

      2020/05/19

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私の場合、文学に興味をもったのは高等学校に入って
からである。

クラスに変わった女生徒がいた。
授業はそっちのけにして、小説ばかり読んでいる。

なかなか目障りなものである。
彼女を横目で見るうちに、おかしな気分になってきた。

私のほうは、一番後ろの席で友人と将棋を指していた。
授業も小説も存在しなかった。

たぶん小説の彼女も、つまらない授業に嫌気がさして
小説耽読に没頭しているのだろう。

しかし多少異常な雰囲気を感じた。
思春期とは異常なものである。

大学入学を目指していた私が、本気になって入試に
取り組んだのは二年生の終わりころであった。

そのころから読書もするようになる。
しかしトルストイやドストエフスキーは無理であった。

人間の苦悩を500ページ読む根気はどこにもなかった。
一番読みやすいのは、芥川龍之介である。

短篇が多い。
太宰治も読みやすい。

17歳という年齢は、精神のいちばん柔軟な年頃である。
クラスの読書女生徒には感謝したほうが良いかもしれない。

しかし受験は失敗し、浪人生活を送ることになった。
時間は余るほど存在した。

哲学の本を読みだした。
哲学の領域に分け入るにつれ、道徳や価値といった問題

にぶつかる。
この問題を考えだすと、人間の存在が矛盾と逆説を含む

ものである場合、大変受験勉強を行う身にとっては危険な
ことになる。

この事は大学生活を終えて、社会人になって40年以上
経った現在でも、浪人生活の時と変わらず九鬼周造の偶然

という問題を解き明かそうと試みるのである。
容易にはいかない課題である。

 - 禅・哲学