柳生十兵衛三厳は1万2000石の大名であり、44歳で死去した。

      2020/05/16

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慶安4年(1651)軍学者を名のる江戸牛込榎坂に道場を
かまえる由井正雪が丸橋忠弥らと乱を起こした。

石舟斎、但馬の守宗矩そしてその長男である柳生十兵衛
は1650年に44歳で突然亡くなったのである。

丸橋忠弥は宝蔵院の槍つかいである。
世阿弥の名著「風姿花伝」には、「離見の見」という武道

にも使われる有名な言葉が載っている。
目前心後、目を前に見て、心を後ろに置けということである。

能の世界では観客から見られる演者の姿は、自分の眼を離れた
他人から見た姿である。

自分の眼が見ているものはすなわち我見で、自分の後姿を見る
ことはできない。

今日では能だけではなく数多に知られる世阿弥であるが、死亡
年齢が明らかになったのは、昭和30年代になってからである。

浄土真宗の親鸞も大正年代まで、その存在が疑われていた。
柳生の里は奈良市にあり、近い場所に大正11年に国の名勝に

指定された「月ヶ瀬梅園」がある。
金春能の始祖金春禅竹は大和国高市郡越智ノ庄で生れた。

世阿弥は伊賀国服部ノ庄の生れである。
陰流の流れをくんだ上泉伊勢守は、二つの心を持つ法を編み

出されて、それを「新陰流」と名づけた。
敵を右から打とうと考えたとき、同時に左から打つ心を持つ。

こちらの心の動きに必死の眼をこらしている敵には、敵の眼
だけには、もう一人の相手が存在するように見えるのである。

能の極限は変身であり、分身でもある。
離見の見の極まりは、分身した眼で自分を見ること、あるいは

分身したおのれを自分の眼で見ることである。
能の仕手はおのれの芸の魂胆を、見る者に隠せ。

「秘すれば花」である。
能の大半は、旅の僧の前に亡霊があらわれて、過去の世界を

物語るというしくみになっている。
それを「夢幻能」と呼ぶ。

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