「づを守る」とは「黒づくめ」「よいことづくめ」の「づ」だ。

      2020/03/23

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あくびは「欠伸(けんしん)」ケンシンと書く。
欠は口を大きく開けること、伸はのびをすること。

欠を含む字はたいてい口をあける。
欲は口をあけて、何か食べたいで、歌は口をあけ歌う。

欠点ケッテンや補欠ホケツはケツの字に欠を使うのか。
正しくはケッテンとホケツのケツは「缼」が正しい。

欠は物の一部が欠けることで、洪水で土手が崩れ水が
あふれるのは決であり決壊と書く。

抉は手でえぐること。
史記の中で伍子胥が「我が眼を抉って呉の東門に置け」

と言った話は有名である。
「缼」のほうは、缶は土器だがそのふちがかけること。

カンヅメのカンは罐である。
ケツの使用法は日本では以前から手書きのときは欠と

書くひとが多かった。
理由は欠には不足、借りという意味があり「缼」と意味が近い。

「缼」と書くのがめんどうなので、右側のつくりだけを書き
それが、簡素化されて欠になった。

呆然と書いてボウゼンである。
茫然、惘然、忙然もボウゼンと読む。

なぜ呆が、ボウなのか。
「大言海」に「呆は某の古文トス」とあり、「某」は、はっきりしない

という意味である。
ボウッとしているのボウである。

「あほう」は純然たる日本語で、平安末期ごろから使われた。
阿呆の字があてられるようになったのは、江戸時代以降である。

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