昭和が終わると同時に太宰も先取した「かわいい」文化が登場。

      2020/03/21

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武内直子原作の「美少女戦士セーラームーン」が登場
したのは、90年代はじめの頃であった。

月野うさぎやルナ猫そしてタキシード仮面が描かれて
いた。

昭和という時代が終わるころまでに「かわいい」という
形容詞は、従来の狭小な範囲の言葉であることをやめ

より自由に、目的に応じて口にできる流行語のありかたを
体現するようになっていた。

あるアメリカ人の翻訳者は、膨大な数の少女漫画、宝塚
とアイドルグループに関する写真集や書物に対して日本の

少女文化こそは研究しがいのある分野であると彼女は言い
娘のために山ほどのキティーちゃんを購入して帰った。

80年代の丸文字と、のりP語、90年代のオタク文化、2000
年代の萌えブームまで、日本の「かわいい」文化は世界の

サブカルチャーの中でも、徹底した脱政治性において独自
のものと言えるであろう。

対し社会学の上野千鶴子は「かわいい」とは「女が生存戦略
のために、ずっと採用してきた媚態である」と一刀両断した。

「鏡を覗くと、私の顔は、おや、と思うほど活き活きしている。
顔は、他人だ。私自身の悲しさや苦しさや、そんな心持とは

全然関係なく、別個に自由に活きている。きょうは頬紅も
つけないのに、こんなに頬がぱっと赤くて、それに、唇も

小さく赤く光って、可愛い。眼鏡をはずして、そっと笑って
みる。眼が、とってもいい。青く青く澄んでいる。美しい

夕空を、ながいこと見つめたから、こんなにいい目になった
のかしら。しめたものだ」

これは太宰治が1939年に発表した短編「女生徒」の一節
である。

冒頭の一節にある私の唇の「可愛い」は小さくて、可憐で
愛おしさに満ちているという意味であり、私が下着にこっそり

縫いこんだ「白い薔薇の花」と隠喩の関係を保っている。
太宰の際立った文章技術は、「かわいい」のさまざまな変奏

を披露しているところである。
この作品によって、太宰は一人称での若い女性の独白スタイル

を確立した。
戦後に書かれた「斜陽」の祖形がここに現れている。

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