自分の眼で見ることができない所、「顔」と「頭」と「背中」。

      2020/02/13

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自分で見ることのできない顔にはコントロール不可能な
自分の感情の揺れが無防備なほど露出してしまう。

10年前の大人の女性向けファッションページとは別に
オリーブやキューティ、ピーウィーがあった。

今でも表参道や青山を歩けば、はっとするようなファッション
に身をつつんだ女性を目にすることができる。

服は精神で着るものらしい。
肉体は物質なのである。

哲学者の鷲田清一さんが昔、看護学校で哲学を教えていたころ
生徒たちに、「きみが一番きたないと思うものは?」

と質問したら、ためらいもなく返ってきた答えが
「おじさん!」

で、卒倒しそうになったという。
精神的痛みを感じたことのない人はいるのだ。

ヴィム・ヴェンダースによれば、「もっとじぶんらしくなりたい」
という願望(個性化信仰)からこそ脱落したがっている。

ぼくらは「わたし」という意識でじぶんの存在をきちっと囲うので
はなく、他人の前でもっともっと無防備になっていいのではないか。

どうしても精神的に無防備になれない人間には、ここは痛烈である。
「ぼくらはけして身分相応の飼いならしやすい存在になってはいけない

ほどほどのサイズ、人あたりのよいイメージのなかにすっぽり自分を
はめこみ、そこで安眠を決めこんではいけない。つつましくおさまり

きった私をたえずぐらつかせ、突き崩すこと。自分をゆるめたり組み
換えたりする遊びの空間があるのだ」

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