古来、日本が行った対外戦争は権力者の意志によるもの。

      2020/02/11

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国民の代理人としての議会が、戦争を開始する権限を
持っているとすのがアメリカの制度である。

それに対し日本の場合は、明治維新後日清戦争日露戦争
の二つの戦争に関しては、開戦から講和条約まで天皇の

決断というより、元老による政治主導が優先されていた。
第一次世界大戦については天皇でも元老でもなく内閣の

判断によって決定された。
明治憲法における「天皇の統帥権」の輔弼は内閣はこれを

行わず、別の統帥機関である陸軍大臣、海軍大臣、参謀総長
海軍軍令部長、侍従武官長らによりなされた。

条約締結については国務大臣により輔弼がなされていた。
明治憲法における憲法原理は国体(国民体育大会ではない)

である。
1925年に制定された治安維持法には国体について罰則規定が

定められていた。
第二次世界大戦に向かう時代の岐点であった事件は、日本では

1931年の満州事変、ナチスドイツ政権においては1939年9月の
ポーランド侵攻である。

それより少し前にロシア革命を推進した人達がレーニンの後継者
にトロツキーではなくスターリンを選んだことは重要なことです。

ナポレオンとトロツキーと西郷隆盛は共通点が存在します。
カリスマ性があったということです。

あれほどの信頼性があった西郷隆盛が征韓論で敗けて下野しあっけ
なく西南の役(1977年)で討ち死にするというのは理解しにくい。

統帥権の独立という考え方は、山縣有朋が西南の役の翌年の竹橋騒動
や当時の自由民権運動が軍隊内に波及しないようにしたものです。

山縣はみずから参謀本部長となり、軍令に関して参謀本部長の所管規則
としてしまいました。

1895年4月下関条約により、日清戦争は終結します。
1911年孫文らの辛亥革命により清は滅亡、1912年中華民国が誕生。

1914年8月に第一次世界大戦が始まります。
1917年3月ロシア革命。

1923年関東大震災。
1929年世界恐慌。

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