人間が「手入れ」をした自然こそ豊かな生命が宿ります。

      2020/02/09

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女性のお化粧も顔の手入れといえます。
子育ても手をかけないとなりません。

500年前には、現在と違って「心」の中には、理屈
理性、論理という意味は含まれてはいませんでした。

答えは理屈はどこでも成り立ち、心ではない「物の世界」
でも一応、成り立っており、「理」は必ずしも人間の心

の中だけにあるものではないと昔の人は思っていたわけです。
ゆえに人間らしい心は感情であるということになります。

人間が亡くなると、残ったものを死体と呼ぶが、ほかに
遺体という呼び方もあります。

体(からだ)というものは古くは死体の意味でした。
からだの「から」がそれを意味させます。

「から」でないものは身なのです。
からだとは中身の抜けた殻です。

身体の場合は身と殻の両方を意味しています。
日本人は心とからだを別のものとはあまり考えません。

キリスト教世界では「最後の審判」があり、死者は皆
生き返って、もう一度裁きを受けることになっています。

そのときにからだが無いと困るので火葬は嫌がるのです。
このように文化、宗教によって死者に対する見方は異なり

死というものは、理論だったものではありません。
死は論理的に定義はできません。

ただの約束事なのです。
「脳死」もその一つです。

人間の身体で短時間でも血液が止まるとだめになる器官は
心臓と脳の二つです。

脳は血管がつまると脳梗塞になるし、心臓は心筋梗塞に
なります。

つまり人が死ぬということは、身体がバラバラに亡くなって
いくものなのです。

 - 人生