坂の上に雲があるが如き感覚は、歴史の虚構を隠蔽する。

      2020/01/27

DSC07947

DSC07415

1910年(明治43)に大逆事件と韓国併合という大きな
出来事が、同じ年に起きたのは偶然だろうか。

社会主義者「幸徳秋水」(高知県出身)を首謀とする大逆の
企ての疑いに対して、幸徳以下十二名の死刑者を出した。

事件の翌年には特別高等警察(特高)を政府は設置した。
そして1925年(大正14)の治安維持法に繋がっていく。

大逆事件の法的根拠になったのは、1908年に改正施行された
刑法73条「不敬罪」であるが、1947年GHQが廃止した。

これ以前、日本の歴史において日清戦争と日露戦争が国民の意識に
多大なる変化を与え、ナショナリズムを生んだことは重大である。

近代国民国家の成立では、ヨーロッパははるかに日本を凌駕して
いたが、フランス革命以降のナポレオンの出現と、その反作用は

フランス人のみならず、全ヨーロッパに深刻な行動をとらせた。
ナポレオン軍の脅威は、後にナチスを生む淵源となった。

「秋刀魚の歌」で有名な佐藤春夫は和歌山県新宮市の出身で
中上健次と同郷であり、春夫の誕生(1892年)と中上健次の

死はちょうど100年のスパンがある。
中上健次は大逆事件を「日本で起こった架空の西南戦争」と言った。

そして柳田国男が「遠野物語」を書いた年が1910年である。
初版序文に「国内の山村にして遠野より更に物深き所には

又無数の山神山人の伝説あるべし。願わくは之を語りて平地人
を戦慄せしめよ。此書の如きは陳勝呉広のみ」という挑発的一節がある。

27歳(1919年)で夭折した石川啄木は獄中にあった幸徳秋水の「陳弁書」
を弁護団から入手していた。

啄木の物心両面での支えであった、金田一京助はアイヌ語研究をしていく
中で、「分類アイヌ語辞典」を刊行した知里真志保の存在も関係しただろう。

知里真志保の解説文にあるが、「ユーカラ」とはレプンクル(渡来の異民族)
と、北海道を本拠とするヤウンクル(内陸人)との民族的な戦争の物語である。

そうしたアイヌの伝統を切断したのが異民族、日本であった。
漢字の泰斗白川静先生はアイヌ語と「万葉集」をつないで研究すれば、日本の

言語の礎が解ります、と生前言っていた。
先生自身は研究するには年齢的に時間がなかった。

北海道では津軽海峡を隔てた本州のことを「内地」と呼ぶ。
これは沖縄の人々が本土の人間を「ナイチャー」と呼ぶのに通ずる。

 - 歴史