明治維新は革命ではなく、幕藩体制の中のクーデターであろう。

      2019/10/08

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亀山社中のちの「海援隊」をつくった坂本龍馬は一般的見方は
革命家となっているが、本当に幕府を倒して新政府を作るつもり

であったのかは不明である。
本人は役人になることは毛嫌いしていたし、貿易をやって商社の

ようなものを作りたかったのではないか。
しかし若くして亡くなったので何もわからない。

明治維新は江戸幕府の藩単位で、戦いが起きて幕府を潰したもので
あるから、市民が参加した革命とは言えないと思われる。

どちらかというと中江兆民(1847年生れ)のような「東洋のルソー」
と呼ばれた自由民権思想家であった人間が新政府を打ち立てれば

かなり革命的になる。
幸徳秋水は兆民の弟子である。

谷沢永一は司馬遼太郎のことを、人間に輝きを見出すべく意欲的に
努めたようである、と書いているが司馬の本を読むとすべからく

人間の細部、心情、葛藤はほとんど書かれてはおらず、とても人間の
輝きを見出そうと努力した人とは思われない。

谷沢永一はまた、尊王攘夷とは当時、戦後日本人の「民主主義」と
同じような平たい普遍概念で、特別に革命のエネルギーを内包した

ものではなかった。
と書いているが、尊王攘夷思想が民主主義と同じようなものであったなら

戦前に統帥権で軍国主義になり、国民があれほど苦しむことなど
ありえない。

そして尊王攘夷に革命のエネルギーがなかったのなら、松下村塾で学んだ
多くの秀才を輩出した長州藩が登場するはずもない。

司馬遼太郎は「変動の処理の仕方がフランス革命よりも明治維新のほうが
条件面でうまい」と言っているが、フランス革命は王政をゆくゆくは

人民により、民主主義に変えていこうとした変革である。
明治維新にはそのような思想は政府内では見られない。

民主主義が日本に登場するのは、明治維新から80年後である。

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