高度成長期に「人間の証明」を書いた昭和八年生れ森村誠一。

   

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「母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね」
この詩は、西條八十がつくったものです。

森村誠一は、この麦わら帽子の詩をテーマに、母と子の
情愛を軸に、長編ミステリー小説を発表した。

小説と同時に映画化され、「犬神家の一族」の観客動員数の記録
を破り、角川書店から出版された著書は770万部を売り上げた。

戦争中、森村少年は17歳であった。
1945年、日本は無条件降伏し9月2日東京湾で米艦ミズーリ号上で

降伏文書の調印式が行われた。
そこにおいてマッカーサー元帥が演説を行った。

「我々は相互不信、悪意、または憎悪の念を抱いて、ここに集まった
わけではない、この厳粛なる機会に、過去の流血と殺戮のうちから

信頼と諒解の上に立つ世界が招来せられ、人間の威厳と、その最も
尊重する念願ーすなわち自由、寛容、正義に対する念願ーの実現を

志す世界が出現することを期待する」
この演説は翻訳されて公表された。

1953年森村誠一は青山学院を卒業し、帝国ホテル系の大阪のホテル
に就職したが、独立の意思はかたく9年後に退職している。

その後、森村誠一は「江戸川乱歩賞」を受賞している。
彼は第十五回の受賞者で、陳舜臣、佐賀潜、戸川昌子、西村京太郎

が受賞していた。
1970年代に入り「角川春樹」と知りあうことになった。

角川の「野生時代」という文芸誌に、文章を書いてほしいと
いうことであった。

この出会いが「人間の証明」の成功につながる。
650枚の原稿を一気に書き上げた。

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