死ぬことを恐がるのは、人間だけであり動物は死を意識しない。

      2019/09/05

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「救世観音」は法隆寺夢殿にあります。
歌人の會津八一(1881年~1956年)さんは歌に詠みました。

「天地にわれ一人いて立つごとき この寂しさを君は微笑む」
會津八一さんは自分の孤独感を徹底して掘り下げ、観音様の

微笑みに心の落としどころを求めました。
観音様も一人で立っているのです。

斑鳩町まで行って救世観音に会うのも、百済観音に会うのも
一回だけの人生の中で、訪れる年齢により感動は違うものが

あると思われます。
そこにあるのは、歳新たな創造性の発露なのでしょう。

戦前は親が決めた男と結婚するのが通例で、25歳まで独身で
いるとオールドミス扱いされました。

戦前に見合いで結婚し、戦争未亡人になる女性も多くみられました。
姑とその家族に奉公する人生もありました。

現在は役所で「姻族関係終了届」を出せば縁を切れます。
「復氏届」をだせば旧姓に戻せます。

そのような色々な経験をして年をとっていきますが、人間はその時に
「頼るもの」ものを持つことはできるのでしょうか。

行動しなければ不可能でしょう。
しかし會津八一さんのように、観音様に生きがいを見出した人もいます。

「私達は愛に生き、藝術に生き、学問に生き、労作に生きる限り、人生を
決して空虚なものとも、倦怠なものとも感じません。人生の楽しみは是等

の文化生活のなかに無尽蔵にあるのです」
これは与謝野晶子が高弟の中原綾子の最初の歌集に寄せた一文です。

「真実は皮膜の間にある」これは人形浄瑠璃、歌舞伎の作者近松門左衛門
の言葉です。

よく考えてみるとむつかしい意味を持つ言葉です。
皮膜の間とは何か。

皮膜の間は無です。
真実は無にある、ということになります。

真実も神秘的な言葉です。
察する世界で、想像の中にある。

やはり心の問題なのでしょう。

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