日本人は結婚式を教会で行うが、キリスト教信者は国民の1%。

      2019/08/25

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なぜ日本人はキリスト教に関心を持ちながら信仰するには至ら
ないのか、日本人にとりキリスト教とは何なのであろうか?

徳川幕府によりキリシタンが禁制になると、これにあわせて
「耶蘇」イエスの宗門を排撃しようとする書物が書かれた。

白秋は「明治大正詩史概観」のなかで、天草で「目の青い教父
と語った」ことが思い出となっており、「現実ならぬ空を空と

し、旅を旅として陶酔した」という。
白秋も杢太郎もあふれるばかりの詩想をあらわした。

文学の書物に書かれないこともある。
大事なのは若い詩人たちの異国への憧憬が近代文学に新風を

吹きこんだ。
芥川龍之介の「奉教人の死」も長与善郎の「青銅の基督」も

そこから始まっている。
このあたりは、私たちのキリスト教とのかかわり様の姿である。

寛永十五年(1638年)島原の乱で天草四郎が籠城していた島原
落城のおりに、旗指物が伝えられ現在は天草キリシタン館にある。

この天草四郎の陣中旗は上杉謙信の毘沙門天の「毘」、直江兼続
が愛宕権現の「愛」の字を兜にあしらったことに通ずる。

この旗指物は旗に描かれた聖体にキリストが現存しているからに
ほかならない。

文京区小日向に「切支丹坂」と呼ばれる坂がある。
その手前には庚申坂が続く。

弾圧されたキリシタンにとって抜き差しならない問題があった。
それは罪を告白することができる神父がいなくなったことだ。

信者にとって神への信頼を失うことが、大きな罪とされる。
信仰によって結びついていた、あらゆるものとのつながりが

破綻してしまうことである。
信者は罪を心から悔いることが必要である。

罪を許すことができるのは神だけだが、司祭(神父の正式な呼び方)が
信者に対して「ゆるしの秘跡」をさずけることで、許されることがかなう。

遠藤周作の「沈黙」に出てくる、フェレイラ神父は日本は沼地のような
風土であると嘆いた。

いくら種をまいても日本ではキリスト教は育たない。
日本人がキリスト教布教の中で、信じていたのはキリスト教の神ではない。

人間から隔絶された神というものを日本人は考えることはない。
日本では草木悉皆成仏するのである。

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