「南無阿弥陀仏」ととなえれば極楽浄土に行けるのが浄土真宗。

      2019/08/13

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「南無阿弥陀仏」とは梵語を漢字にしたもので、「南無」は
「ナマス:心から信じ、よりどころにすること」「阿弥陀仏」

は「アミタ―ユス:限りない命をもつ仏様」を意味します。
浄土真宗の宗祖、親鸞は阿弥陀仏が「私が必ず救いましょう」

と呼びかけてくれる言葉であるといいます。
文化庁が発表する全国の浄土真宗の寺院数は2万700寺

信者数は約1143万人となっている。
浄土真宗の寺院数が多い県は富山県、石川県、福井県、滋賀県

広島県、熊本県、鹿児島県です。
北陸に多いのは中興の祖といわれた蓮如が越前吉崎を拠点と

して、布教したからです。
九州は江戸時代に薩摩藩や相良藩(熊本県人吉市)がキリスト教

とともに、一向宗と呼ばれた浄土真宗を禁教としていたほど
熱心な門徒がいた地域です。

親鸞の教えに「他力本願」があります。
ここでいう「他力」とは阿弥陀仏のことで、阿弥陀仏にすべてを

ゆだね、明るく精一杯生きることを意味しています。
もう一つの言葉が「悪人正機」説です。

善人でさえ往生(成仏)できるのだから、まして悪人こそが往生
できるのは言うまでもない、と親鸞は説きました。

親鸞はお寺を開きませんでした。
親鸞の死後、親鸞の墓所が親鸞の孫の覚如により寺院化され

浄土真宗教団(本願寺)が形成されました。
秀吉の時代に本願寺12代目となった教如を石山合戦で和議に

応じず抗戦したという理由で引退させ、弟の准如を後継者と
しました。

これが西本願寺です。
ところが秀吉に代わって天下を取った家康は教如に寺地を与え

教如が東本願寺を建立しました。
家康は巨大な勢力を持つ本願寺を二分させておいたほうが良いと

考えたのでしょう。
以来本願寺は東西に分かれ今日に至っています。

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