詩の形で最も目立つのは、「行分け」という一行のスタイルだ。

      2019/06/13

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「和歌が我国の文学の主流の位置を多年にわたってしめて
きたのは、読者がそれを通じて作者の心にじかにふれる

習慣が確立していたからです。
我国の物語の作者がどういう人であったか、想像すること

は多くの場合困難であるのに比して、歌人については、千年
の歳月をへだてても心の肉声をきく感銘をしばしば与えられます」

中村光夫は田山花袋が自然主義の作品でこころみたことを
結局は和歌の地位まで小説をひきあげることだったようです。

室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という詩句は
今ではほとんどの人が知っていますが、大正7年の作品でした。

その詩を林芙美子は23歳のとき、昭和3年には「うらぶれて異土の
かたゐとならうとも 古里は遠きにありて思ふもの」という詩を

知っていました。
詩が作られてから10年のことです。

「夕日はなやかに、こほろぎ啼く あはれ、ひと日、木の葉
ちらし吹き荒みたる風も落ちて、夕日はなやかに、こほろぎ啼く」

北原白秋や室生犀星、萩原朔太郎らがさかんに作った抒情小曲
ですが、この作品は北原白秋の「風のあと」です。

「偽りも飾りもない人生的感動を詩のなかで、偽らず飾らず
歌ひあげようとした藤村であるが、しかしその詩はまだ晴着的

よそほひをつけてゐた。それは偽りの衣裳ではない。
それは、人の目をたぶらかす虚飾でもなかった。」高見順の解説です。

「みえない、朝と夜がこんなに早く入れ替わるのに。
みえない、父と母が死んでみせてくれたのに。

みえない、私にはそこの所がみえない」
石垣りん「表札など」

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