日本人が宗教に無関心なのは、哲学を経験しなかったから。

      2019/06/12

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本来、宗教というものは特定の神様がいて、それを
信じるか否かである。

そうなると仏教は宗教ではなく、哲学になる。
仏教は苦難に満ちた人生をどう生きるべきかの教えで

あり、その生き方を問題としています。
欧米では、このことは哲学の領域です。

運転の話しになるが、日本では優先表示がなければ
左方優先である。

ところがドイツでは右方優先である。
自転車も歩行者も右方優先。

ドイツは車に対しても手を挙げて自動車に止まって
もらい道路を渡ります。

これは自己主張なのです。
日本でこれをやったら歩行者は轢かれるでしょう。

ある意味、日本人が幼稚に見えるのは、大人も子供
のように自立していないからでしょう。

1900年頃に新渡戸稲造の「武士道」が書かれました。
武士道と禅の世界は大変に近いものがあります。

禅において、なぜ座禅をするのかという問いには
「何のために生れてきたのか」という問題と同じことである。

日本で一番お寺の数が多いのは浄土真宗である。
浄土宗と浄土真宗は亡くなれば、極楽浄土に行けることが

保障されている。
阿弥陀如来との約束である。

従って追善供養も行わない。
それをすると他力本願を疑うことになる。

釈尊の「一切皆苦」とは生きること即苦しむこと
という意味です。

全てが苦しい、従って自分も苦しい。
それだけのことである。

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