「名作小説」は多々あるが、なぜこれ程長さの違いがあるのか。

      2019/06/06

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マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」(1913年~1927年)
全七編は、翻訳を四百字詰め原稿用紙で数えれば一万枚。

長編小説十冊分である。
この作品は時間をテーマとした抽象的で晦渋な哲学小説という見方も

あるのだが、じつは身近な日常の経験が作品の素材となっている。
文章は一人称の回想という体裁をとってはいるが、十九世紀の

リアリズム小説のように、時間の流れに沿って順番に過去の出来事を
想起したものではない。

幼少期の懐かしい思い出や成人してからの苦労話を語りたい、人生を
振り返る回想録を書きたい人間の欲求は、文明の歴史くらい古いものだ。

「失われた時を求めて」の最後にあたる第七篇は「見出された時」という
タイトルになっており、小説の全体がこの主題に収斂していく。

プルーストによれば記憶には二つの種類がある。
一方は「知性の記憶」もう一方は「無意識的な記憶」。

理詰めで努力すれば思い出せる「知性の記憶」は過去の時間をいわば
死んでしまったものとして羅列し、反芻しているにすぎない。

これに対して「無意識的な記憶」こそが、過去の時間を甦らせる魔力
を持っているのだが、それは知性ではなく、感覚が例えば聴覚や触覚

また味覚などの曖昧な感覚がきっかけを与えてくれる。

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