20世紀を代表する「実存」と「構造」は表裏の関係である。

      2019/05/22

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デカルトは、この世に存在しているのは「考えている自分」
すなわち「精神」だけで、自分の肉体については存在して

いるかどうか疑わしいと考えた。
彼はなぜ「考えている自分」がここに存在しているのか

なぜ自分は「考える」ということができるのか、思考を進め
自身を創造した絶対者の存在を認めないわけにはいかなかった。

カントやヘーゲルは体系的な論理を構築したが、キェルケゴール
の哲学は断片的で、感情的であるゆえに文学的な香りを感じる。

キェルケゴールより30歳ほど若いフリードリヒニーチェは神はいない
と断定し、近代哲学とも決別して孤立を恐れずに我が道を歩む存在

「超人」を現出した。
近代哲学への異議申し立てである。

父と知らずに父を殺した「オイディプス」の話しは古くから読まれて
いるが、父と子の対立という物語は、神話では多く存在する。

子が大人になるための長い道程の一歩は、父親との闘いだといっても
過ちではない。

父と子の話し志賀直哉の「暗夜行路」は一種の構造主義小説と見る
ことができる。

主人公は父の子ではなく祖父の子であった。
話の終わりは彼自身の夫婦関係から親子というものが何であるかを

気づくことになる。
志賀直哉自身は構造のことを理解してはいない。

中上健次の場合は構造主義を十分に把握していた。
そしてフォークナーやガルシアマルケスの影響も受けている。

中上の物語においても父子や兄弟は錯綜しており、ここからは
訴えたいことが部落問題しか私には解らない。

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