詩の世界から表れる青春、人生の輝き、言葉が紡ぐ想いをなす。

      2019/05/17

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「ヴィヨン全詩集」という作品を鈴木信太郎が楽しんで
訳している。

訳したものを矢野目源一が言葉をなおして詩にした。
「卒塔婆小町」という題である。

「さては優しい首すぢの 肩へ流れてすんなりと 伸びた二の腕手の白さ
可愛い乳房と撫でられる むっちりとした餅肌は 腰のまはりの肥りじし

床上手とは誰が眼にも ふともも町の角屋敷 こんもり茂った植込に
弁天様が鎮座します」

小説を読むことは旅に似ている。
短編ならば短い旅、長編ならば長い旅。

正岡子規は和歌と訣別するために技巧を排し、写生、写実を旨とした。
吉井勇は与謝野晶子と鉄幹の「明星」の門下生であった。

「かりがねは空ゆくわれら林ゆく寂しかりけるわが秋もゆく」
「君がため瀟湘湖南の少女らはわれと遊ばずなりにけるかな」

堀口大学も明星の人です。
「砂の枕はくづれ易い少女よお行儀よくしませう沢山な星が
見ていますれば あらわな膝はかくしませう」

「起きて見つ寝て見つ蚊帳の広さかな」
加賀千代女の句とされ、子を失った悲しみを詠んだものと言われる。

世によく知られた句として久保田万太郎に
「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」

これは小鍋立てであり、一人鍋だ。
真の闇ではないが、人生はまだ続くらしい。

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