当時珍しいニュース番組「Nステ」は85年10月に始まった。

      2019/05/16

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TBSにアナウンサーとして入社した「久米宏」は1944年7月14日
生れ、浦和市出身で早稲田大学政経学部を卒業した。

久米は「ニュースステーション(1985年10月7日スタート)」は
テレビとは何かを考えることであったと言っている。

その為に1年以上前からニュースの読み方やコメント、インタビュー
だけでなくスタジオセット、小道具、衣裳にいたるまでこだわった。

久米が早稲田を卒業したのは、1967年。
40年不況の後である。

TBS(当時はラジオ東京)がテレビ放送を始めたのは1955年。
久米の入社試験の担当に桝井論平さんがいた。

1967年にTBSで「パックインミュージック」ニッポン放送で
「オールナイトニッポン」が始まった。

文化放送は土居まさるの「セイヤング」を1969年に始めた。
フォークルの「帰って来たヨッパライ」が大ヒットした時代であった。

久米の1年後輩には小島一慶、見城美枝子がいた。
1960年代後半から萩本欽一と坂上二郎の「コント55号」が一世を風靡した。

久米がニュースステーションに求めたものは、心理的、生理的に抵抗が
なく視覚的に気持ちが良い番組である。

「自分の人生とは偶然そのものである」
挫折は幸運をもたらす。

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