「歴史」とは何かと問うことは「人間学」に到達する。

      2019/05/14

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日本の歴史は権力者を主体に書かれるので、人間がどのように
生きて何を思って生きてきたかは解らない。

しかし司馬遷の「史記」には肉屋の話しや船頭や市井の人が
登場する、大変な違いである。

歴史の面白さは人間が作りあげたものということである。
そこに人間学が存在する。

坂口安吾は「洞察」せよと言いました。
歴史のすきまに隠されているものは何か考えることである。

昭和という時代は権力者がファシズムにより政治を行い国民も
国土も誤った政策で戦争を行った結果、原爆を落とされた。

しかし良く考えてみることだ、帝国憲法により統帥権が生じ
右翼政治により、人権も思想も虐げられた。

それでは、日本はフランス人のように革命を起こし国民の手で
民主国家を築きあげることができるのか。

戦争前の日本において、自分の力で主権在民、基本的人権の尊重
をうたった憲法を作ることは外国人の手を借りない限り無理だろう。

事実は戦前のファシズム政権が戦争を始め、戦争に敗れ無条件降伏
したことで、現在の国の形が作られた。

「もし平和が戦争の経験の後にしか来ないならば、平和は常に
あまりに来かたが遅すぎる。平和は常に死者の上に築かれるのか」

これはフランスの哲学者アランの言葉である。
第二次世界大戦で亡くなった人は260万人である。

1933年2月27日。
総選挙の七日前というタイミングで国会議事堂が放火で焼け落ちた。

首相ヒットラーは、この犯行を共産主義者のテロだと断定した。
間髪おかず翌日に閣議決定を経て発効されたのが「大統領緊急令」だ。

ヒトラーはワイマール憲法にある「非常時には大統領が国民の基本権
を無効にできる」という規定を巧みに利用した。

ヒンデンブルグ大統領はこの法律に著名してしまった。
この結果、集会、新聞発行、表現の自由が制限された。

官憲による通信の検閲が始まり、家宅捜査、財産没収が可能になった。
憲法で保障されていた人々の権利は一瞬にして奪い取られた。

「(憲法改正は)静かにやろうと、ある日気がついたらワイマール憲法
はナチス憲法に変わっていた、あの手口に学んだらどうか」

どうか自民党の副総理がこの発言をしたのは2013年7月のことである。
マスコミは発言に惑わされ、彼の無知をからかっただけで済ました。

それから集団的自衛権の行使などの法律がつくられたわけです。
「世間にとり流行る学問は多分ニセにて候。ニセの学問をすれば

なにの益もなく、かえって気質悪しく異風になるものなり」
含蓄のある中江藤樹の言葉である。

「人間は生き、人間は墜ちる。そのこと以外の中に人間を救う
便利な近道はない」坂口安吾の言葉である。

「墜ちる道を墜ちきることによって、自分自身を発見し救わなければ
ならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である」

1946年「新潮」四月号に「堕落論」が掲載された。
特攻隊員が闇屋になり、戦争未亡人が男を愛し、混乱した世相を人々は

堕落とさげすんだが、安吾はこれを全肯定したのである。
戦時下の異常な緊張感の内にある純粋さのほうが、マボロシだと言いきった。

マッカーサー元帥は「戦争はもはや不可能であります。戦争をなくすには
戦争を放棄する以外にはありませぬ。それを日本が実行されました

五十年後において(私は予言します)日本が道徳的に勇敢かつ賢明であった
ことが立証されるでありましょう。百年後に、日本は世界の道徳的指導者

となったことが全世界に悟られることでしょう」。
日本人はマッカーサーの百年後の予言を見届けるべきだ。(2045年になる)

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