人生は「インプロビゼーション」の連続で、思考は止まらない。

   

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ドストエフスキーは19世紀に「神なき世界の罪と罰とは何か」
ということで、「悪」というものを凝視した。

ヒューマニズムの限界がきている。
知の限界にも本能的に気がついた。

戦後日本人は科学の発展により、人類は無限に幸福になれると
信じたことがある。

しかし、それは夢物語であった。
欧米におけるキリスト教思想といえるようなものがあるのか。

宗教学者の鎌田東二さんは「神は在るもの、仏は成るもの」
と言っています。

現世を苦として、しっかり認識して、苦の中ではたして人間は
それを乗りこえることができるかと疑問を呈する。

対し仏陀はできると答える。
苦の原因は欲望である。

欲望を滅ぼすことが簡単ではないから人間は悩む。
仏になることが答えなのだが大悟するのは容易ではない。

西田幾多郎は人間が宗教的な回心に出会うとしたら、それは人生
の悲哀に直面したとき、そのようなときであると晩年に言った。

中沢新一が西田幾多郎の哲学の根本情念は「かなしみ」だと
言っている。

ある種の「諦念」の存在が大きく影響している。
法然も親鸞も漱石も人生の悲哀を経験している。

「出家とその弟子」を書いた倉田百三に影響を与えたのは
清沢満之であり暁烏敏であり、北陸の教行運動もしかり。

親鸞とキリスト教はつながった部分が存在する。
「かくれ念仏」に注目すべきである。

江戸時代薩摩藩や人吉では浄土真宗を禁じた。
信者はひっそりと隠れキリシタンのように信心したのである。

北陸では親鸞と聖徳太子はつながっている。
船頭のことをタイシと呼び、舟の舵もタイシである。

大坂の四天王寺は太子堂があるが、大工さんの組合が講を
組んで、聖徳太子を信仰している。

聖徳太子の部下の秦河勝は大蔵大臣のような仕事をしたが
彼の次男は能楽師になり、それが金春流になった。

三男は雅楽の楽人だが、現在活躍している雅楽演奏家の
東儀秀樹さんは秦氏の子孫である。

足利義政に気に入られた善阿弥も観阿弥、世阿弥すべて
阿弥は阿弥陀如来からきている。

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