道元は宋の国から帰朝した時「柔軟心」を学んできたと語った。

      2019/05/12

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現代の日本人の心理の中には、こういうものだと簡単に
割り切ってしまえない複雑なものがうごめいている。

人間の命の奥の方には、意識によって制御することの
できない暗い衝動、あるいは盲目的な動きがある。

しれは「無明」とでも言うような、人間の意識でとらえ
たり、感覚で感じたりできないものである。

禅僧は「無」を悟るのであるが、そこには共通した何かが
ある。

それはその人の命の底に燃える根源的な暗い炎をどこかに
しみじみと体感していることである。

禅とは精神の安定、沈潜、瞑想、集中(三昧)を総称する
ことばである。

禅は沈黙の世界である。
マックスピカ―トに言わせると、沈黙という世界がありその

世界から言葉が出てくる。
ことばは沈黙から出てきて、沈黙に還る。

沈黙は仏教では「寂」という。
「空」もしかり。

空の原語は「シューニャ」であるが、これはインドでは
「ゼロ」のことです。

人間の内部に沈黙がある。
そして、その沈黙はその人間の生涯を超えた存在である。

その人が死んだら、その人の内部にある沈黙はなくなって
しまうかというと、そうではない。

その人が死んでも沈黙はなくならない。
その人が生れる前から沈黙はあり、死んでからもある。

人は愛すると沈黙する。
そして時間は止まる。

 - 禅・哲学