「カレーライス」「豚カツ」「コロッケ」は大正時代に生れた。

      2018/11/28

DSC06208

DSC06967

東京の町ができて400年余、色々な町の名前が
存在する。

例えば赤坂は赤土の坂道が多い事から付いたとか
いわれるが、青山はきちんとした由来がある。

徳川家康が譜代の重臣、青山忠成に馬を乗り回せた
範囲を所領とした謂れがある。

六本木の近くの溜池には榎坂町と葵町があり、葵町
には前橋藩松平大和守と佐賀藩鍋島家の屋敷があった

が前橋藩邸の一画が明治に大倉組(いまの大成建設)
創業者大倉喜八郎の邸宅となった。

明治は富国強兵の時代であり、江戸城に皇居が移されると
大名屋敷は駐屯所に変わり、日比谷には練兵所が作られた。

都心部が開けると青山に練兵所が移った。
この引越しには多額の費用が必要であったので、陸軍は

丸の内を三菱に払い下げた。
これが今の丸の内オフィス街である。

明治45年7月30日明治天皇が崩御された。
同じ年9月13日に陸軍大将乃木希典は殉死した。

「山川草木転荒涼 十里風暒新戦場 征馬不前人不語
 金州城外立斜陽」

赤坂見附から紀尾井町にかけてお濠があるが、この濠
は弁慶濠という名前である。

この濠に橋をかけた人がまた弁慶小左衛門という名で
あった。

早稲田には都内唯一の都電発着の駅(荒川線)がある。
都電の廃止が始まったのは1967年12月からであった。

荒川線の前身である32系統(荒川車庫前~早稲田12キロ)と
27系統も初めは全面廃止の予定であった。

しかしこの両系統はどちらも専用軌道で、都電にかわる
交通機関がなく存続の要望が出て、廃止部分は27系統の

一般道路との併用軌道部分である王子駅前~赤羽間だけに
とどめて、残りを統合して荒川線とした、1974年10月のこと。

 - 歴史