ヴィクトール・フランクル「夜の霧」は1956年に初訳が出た。

      2018/10/26

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水俣病はチッソという会社が1953年以来有機水銀を有明海に
垂れ流し起こした事件である。

ナチスドイツが行なった迫害はヴィクトール・E・フランクル
(1905年~1992年)を生んだ。

1942年フランクルは両親、妻と共に強制収容所に送られた。
ヒトラー政権が始まったのは1933年のことである。

フランクルは解放されるまでに4か所の収容所を経験した。
最初の収容所で父が亡くなった。

母はアウシュビッツのガス室で殺された。
妻は解放後亡くなった。

フランクルの「夜と霧」は世界の40の言語で訳され
1000万部をゆうに超える広がりをもつという。

フランクルはナチスの暴挙が戦後容易に滅びない事を生涯
に渡り訴えた。

ファシズムが滅ぼそうとしたものは肉体ではない。
殲滅しようとしたのは「人格(ペルソナ)」である。

人格と性格(キャラクター)とは違うものです。
人格は人間が人間として在る事の根源的理由である。

法の下の平等も人格の実在にもとづく。
人格者は性格が良い人の事を言っているのではない。

人間は人格を宿しているという事実おいて平等であり
すべての人は人格の働きによって、人間として存在する。

「精神が病気になることは絶対にない、病気になるのは
心理的側面だけである」とフランクルは言った。

個であるとき、人格は輝く。
ナチスはまず衆人となった人間から名前を奪った。

「わたしが恐れるのはただ一つ、
わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」という

ドストエフスキーの言葉をフランクルは「夜の霧」の中で
引いてきた。

苦悩は不可避なものであることによって運命的ではあるが
固定したものではない。

生きることから何を期待するかではなく、ひたすら生きる
ことがわたしたちから何を期待しているかが問題である。

人間はどう生きるかを問い、答えが出ずに絶望する。
しかいフランクルはなぜ生きるかを考えた。

人生が個々の人間に生きることを求めている。
人生はいつも、その人にしか実現できない絶対的意味を託す。

「生きる意味があるか」というのは初めから誤っている。
生きる意味を問うてはならない、私たちは問われている存在だ。

私たちが生きていくことは応えることだ。

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