制服のない1947年開校「教駒」は、1978年「筑駒」に改称。

      2018/08/27

1教育大

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どんなに受験競争を勝ち抜いて、東大法学部や医学部を卒業して
エリート官僚や医者になっても、人生の最後には死が待つ。

日本人は、いつからセセコマシイ窮屈な生き方を選択するように
なってしまったのだろうか。

20世紀に立花隆が、現代の教養はバイオテクノロジーと英語と
メディア・リテラシー(情報選択能力)だと、喚いた。

しかし、英語ができてバイオ専門書を翻訳できても、自分自身を
確立し、いかに生きるのかを悟らないと挫折するだけでしょう。

教養は解放の思想です。
1969年10月に庄司薫の「赤頭巾ちゃん気をつけて」が芥川賞を

受賞した。
200名近い東大合格者を出していた時代の都立日比谷高校の話で

「ライ麦畑でつかまえて」の訳に似た山手言葉を駆使した
一人称小説は東大受験生の手記かと思われた。

しかし実際には書いた人間は、21歳違いの男性であった。
この嫌らしい小説が流行ったのは、70年安保の時代ゆえの事です。

批評家、江藤淳は以下のように書いている。
「あたかも教師から一番とか二番とかいう愚にもつかない席次を

もらい、その数字のすくなさを競う優等生たちのように、私は
自らの、非凡さを証明し、他の競争者たちの、凡庸を証明しよう

としているにすぎない」。
エリートに対する侮蔑語の「優等生」が多用されている。

江藤淳も日比谷高校の前身である旧制一中の出身です。
自らこの異様な文化を持つこの学校を否定している。

壽木孝哉という人が1929年に「就職戦術」という著書で軍隊も
企業も将校やエリートばかりでな成り立たないと書きました。

教養の天敵は就職である。
今やエリートは国家公務員、一般人は市区役所に勤める。

教養と就職は「背馳するもの」で、大学生から就職問題が
消えたときに、無垢無償の教養が社会から求められる。

就職問題が消えるというのは、超売り手市場ではなく若者から
人生という未来が消えるときです。

戦時中、「赤紙」が来た時代には、若者は人生20年の時代を甘んじて
受ける、国と玉砕の一蓮托生気分が教養人気を高めた。

明日が無い時代には、最後の晩餐ではないがやり残したことを
一つでもやっておきたいと、本を読んだらしい。

太宰治の「人間失格」のなかに、悲劇名詞と喜劇名詞が出てくる。
教養は喜劇名詞らしいが、ドイツ語の教養は女性名詞である。

教養の反義語は業績であり、大学の研究者は実績に迫られる。
ニューアカの中沢新一は東大教養学部助教授になれなかった。

教養と少子化はどうも比例するらしい。
このことをインドの学者が立証しています。

現代女性の晩婚化、非婚化についての調査を「官僚」から依頼
された心理学者の小倉千加子女史が、

「ここには階級という変数を入れないと解けない」つまり階級によって
原因は異なるはずだと言ったところ、それは禁句だと断られた。

千加子女史は、今も昔も女性の人生、とりわけ結婚の在り様は
生れに左右される場合が多いと指摘しています。

一番いやらしい存在の官僚は「階級」を便宜上否定したが
女性と階級を結びつけ色分けしたがるのは、何を隠そう男です。

漱石の「明暗」を完結させた小説家、水村美苗は著書のなかで
「なにしろ男はプロバイダー(扶養者)としての役割を課されて

いる。だから男の富や社会的地位は、男の魅力そのものとして
女の目に映る。」と書いた。

斎藤美奈子は「モダンガール論」で職業的な達成(自分を高く売る)
と家庭的な幸福は女性の場合、どちらも出世であり間で揺れる。

しかしながら時代は変わったようだ。
世の男は、未だにバリバリタイプもいるが出世など頭に無い人間が

登場してきた。
出世という言葉は、終身雇用時代の遺物となってしまった。

これだけ労働人口が減少していくと、20年後には完全就職の
時代が実現するかもしれない。

それはそれで、教養は人生の道具となるだろう。

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