16号線沿線に昭和30年代から造られた「マンモス団地」の今。

      2018/02/25

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1高等学校

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とうとう1年間に生れる赤ちゃんの数が100万人を割り
2016年は97万7000人になってしまった。

亡くなる人は約130万人です。
つまりこのままだと、毎年30万人人口が減ります。

現在、日本の人口は1億2200万人なので、このペースで
減っていくと、400年で日本人はいなくなります。

しかし昭和22年(1947年)頃、戦後のベビーブーム時代には
1947年267万人、1948年268万人、1949年269万人も生れたのです。

この生まれた子供たちは高校を卒業すると、一斉に東京圏に
就職したのです。

1960年代のことです。
当然、住む処が足りなくなりました。

ここで日本政府は過ちを犯しました。
職住近接のルールを破り、画一的な、「ウサギ小屋」と外国人が

呼んだ「マンモス団地」を一斉に造ったわけです。
特に「国道16号線」沿線に15年以上団地を作り続けました。

1955年に設立された「日本住宅公団」(現在は都市再生機構)
が供給元です。

国道16号線は千葉市~八千代市~柏市~春日部市~さいたま市
川越市~八王子市~相模原市~町田市~横浜市を結ぶ環状線です。

この国道16号線沿いに約10万戸の公団住宅が造られました。
古い順に団地を並べると、

①1958年日野市多摩平団地・・設計者はあの津端修一さん。
②1959年ふじみ野市霞ヶ丘団地・・現在コンフォール霞ヶ丘に建て替え中。
③1960年松戸市常盤平団地・・さくら通りは日本百選になった。
④1964年柏市豊四季台団地・・2004年より建て替え。
⑤1966年春日部市武里団地・・6000戸からなる。東洋一の団地と呼ばれた。
⑥1967年相模原市相武台団地・・小田急線相武台前まで徒歩20分。
⑦1968年町田市町田山崎団地・・最盛期には1万人住んでいた。今6500人。
⑧1968年横浜市左近山団地・・洗濯機置き場が無い。エレベーター無い棟多い。
⑨1971年多摩市多摩ニュータウン・・多摩センター駅ができたのは1975年。
                2010年に団地人口21万人。高齢問題団地。

「団地の時代」2010年新潮選書という著書の中に「団地は社会主義、ニュータウン
 は資本主義」という印象的な表現があります。

団塊の世代は、これから後期高齢者時代に入っていくのだがニューファミリーの
団塊ジュニア世代は、現在30歳から40歳くらいだから人生100年時代をどのように

生きぬくのか、団塊より断然厳しい世代である。
「シルバー・デモクラシー」寺島実郎著参照

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