東京が首都になったのは、郵便の父「前島密」の発案による。

      2018/02/23

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江戸城を最初に造ったのは「太田道灌」であり、世界的都市にしたのは
「徳川家康」で、明治維新で東京遷都論を考えたのは「前島密」である。

明治維新が成立した時、「大久保利通」は大坂遷都を目論んでいました。
大久保という人間は自分一人で考えて決めるタイプではありませんでした。

つまり独創家ではなかったのです。
尊王、倒幕、開国、遷都、廃藩置県これらは、大久保が最初に考えた事ではない。

前島密には江戸遷都論があり、それに大久保が乗って首都東京が決まった。
江戸遷都の理由は日本のまん中に、あること。

大阪に首都を移すと江戸の町が廃れてしまうことが大きな理由で、そこには
明治に入り蝦夷地(北海道)の開拓をするのに距離がより近いこともあった。

それまで京都に御所があったわけだから天皇や公家たちを円滑に東京に
移動させる仕事では、「三条実美」が主導した。

そのような意味では前島密の考えを受け入れて江戸遷都を決定した
大久保利通は今日までの日本のグランドデザインを100年見据えて

東京をより大都市にしたことは横浜という港もでき、関東から
仙台、青森方面にアクセスすることができた歴史的事実がある。

大坂遷都を行っていたら、東海道も発展しなかったし、関西は狭いから
人口増加の受け入れに窮したであろう。

100年の計というものはいつの時代でも当てはまるものだ。

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